2003年7月19日台風により福岡でも博多駅周辺が水没したが、飯塚市街も豪雨被害を
受け、遠賀川に近い『嘉穂劇場』は約2m浸水して壊滅的な被害を受けた。
  
その嘉穂劇場は私が福岡へ赴任した2004年9月見事に再建復活したと報道されていた
ので、今日やっと行ってきました。
事前に確認の電話をいれなかったが無事に建物の見学が出来た。
場所は華やかなところではなく、場末ともいえる所にありビックリ。
大衆劇場としてはふさわしいのかも。

嘉穂劇場外観水没時の写真

明治末期から昭和初期にかけて筑豊地方は炭鉱で栄え、50もの芝居小屋が建てられた
が、現存するのは筑豊の中心地・飯塚市にある嘉穂劇場のみ。
大正11年大阪の「中座」を模した「中座」をオープン、全焼、全壊を経て、
昭和6年「嘉穂劇場」として再生。今日まで70余年、江戸歌舞伎上演可能設備を持つ
大衆演劇の殿堂として多くのファンに愛された。
2004年の劇場被災は全国に報道され、俳優津川雅彦氏が発起人となり、有名タレント
に呼びかけ復旧支援公演が開催された。
その後劇場は個人所有からNPOとなり、大きな寄付が集まって完成させたそうです。

木造で観客席は畳み席が中央にあり、2階にも観客席がある。
見学では舞台に上がれるし、地下にある奈落も見学できた。 
回り舞台を手で回す仕掛けや、舞台へ地下から人間が担いで出る奈落なども見れて
興味深い。 2階に上がると、舞台関係の資料や公演ポスターなども展示されていた。
歌舞伎ばかりでなく、美空ひばりや松田聖子などの名前を見つけた。

嘉穂劇場ステージ出演者のポスター

ところで、筑豊の炭鉱王として有名な旧伊藤伝右衛門邸の土地を飯塚市が取得し、一般に
公開する予定という記事が昨年11月に出ていた。
残念ながら見学はまだで、2007年春の公開を目指して修復し、旧邸宅を市の観光拠点
にするのだそうだ。

妻で歌人の白蓮・柳原耀子が暮らしたことでも有名であり、贅を尽くした2階建ての
建物は九州初の水洗便所やアールヌーボー調の暖炉など多数の調度品を揃え、
近代建築としても評価が高い。

2005年4月に発足した「九州観光推進機構」が発表した九州広域観光モデルルート
第1号として明治から昭和に活躍した歌人の白蓮をテーマに、福岡、大分、熊本3県を
結ぶ観光ルートを作成したので飯塚に興味を覚えていた。
東峰村にある山荘交流の郷「いぶき館」や荒尾市など関連の地も機会があれば
訪ねてみたい。

邸宅が見れないので、伊藤伝右衛門と白蓮の資料がある「飯塚市歴史資料館」にも
寄ってみた。
ホールには7段、10段の雛飾りが見られ、2月にはひな祭りのイベントがあるそうだ。

飯塚市歴史資料館立岩式甕棺

飯塚市内で発見された立岩遺跡は約2000年前の弥生時代のもの。カメ棺や鏡などの
出土品は重要文化財で冷暖房の無い部屋だったので寒くても我慢しながら見ると、
大きな甕棺がたくさん展示され、一つには人骨が展示されていた。
2000年前の骨とは驚きでした。

宿場町時代や、炭鉱を紹介するビデオも見たけど、ゆっくり見ることが出来た。