2006年1月に飯塚市を訪問。嘉穂劇場と飯塚市歴史資料館の見学をしたが、旧伊藤邸が
見学できなくてがっかりしていた。筑豊の炭鉱王と言われた旧伊藤伝右衛門邸の保存
を願う会が2002年に結成され、紆余曲折を経ながらも、2005年11月に飯塚市と所有し
ていた日鉄鉱業の間で売却が成立したと報じられていた。飯塚市と筑豊炭鉱の歴史に
欠かせないこういた史跡が保存されて良かった。

旧伊藤伝右衛門邸の一般公開はゴールデンウィークから5月一杯の予定だったが
やっと今日出かけてきた。この一般公開に合わせて飯塚市がどう観光に活用しようと
しているかも見たかった。

まず、駐車場は約200メートル離れた幸袋リサーチパーク内に130台分を確保していた
が、駐車場への案内標識や人の誘導も万全だった。200号線「幸袋(こうぶくろ)」
交差点には飯塚市職員が立って誘導をしている。

大名屋敷のような「長屋門」応接間の窓にはステンドグラスが見える

入場料一人300円を払い邸内交差点から入るとすぐに旧伊藤邸の立派な門が目に入る。
福岡市天神にあった別邸から移築した「長屋門」が往時を偲ばせるようだ。
玄関横にある応接間の出間にはダイヤ模様のステンドグラスがあるのが見えた。純和
風建築の建物だが、随所に洋式建築の魅力も折りこめられている。中廊下には船底の
ように見える天井や本座敷の縁側ひさしには20mもある一本の木が使われていたり、
庭を眺める洋風の食堂、応接間にあるアールヌーボー風マントルピースなどどの部屋
にもセンスのよさがうかがえた。建物の総建坪は280坪、敷地総面積1700坪。建物の中
は写真が撮影できなかったが、本座敷の縁側から見える日本庭園も素晴らしかった。

旧伊藤邸の庭園庭園から見た邸宅の全景

白蓮事件だけは記憶の片隅にあった。白蓮(耀子)の再婚した相手が25歳も年上の
伊藤伝右衛門という炭鉱経営者であった。年の差を埋める歌の世界に没頭し、やがて
宮崎竜介と出会い、世間を騒がせた白蓮事件で有名になった。石炭産業の衰退ととも
にこの事件で注目された白蓮が住んでいたこの大邸宅に栄枯盛衰のロマンを感じる。

幸袋(こうぶくろ)交差点に立つ案内人に声をかけてみると市の職員ですとのこと。
邸内ではボランティア・ガイドの方に何人ぐらいガイドがいるか聞いてみた。市が募
集して約80人が登録して研修中で、実質的には20人位が飯塚市を案内するガイドとし
て勉強しているそうだ。こういった施設での案内だけでなく、地域として観光で訪問
する人にどう楽しんでもらうか、旧伊藤邸の公開をきっかけにした地域活性に向けた
活動は始まったばかりだ。

旧伊藤邸は5月末までに5万人が入場する見込み。本日のテレビでは6月まで一般公開を
延長すると報道していたので、まだ間に合うし一見の価値ありです。