日比谷通りからタワーが見える7月31日の朝食前、前回歩けなかった芝公園あたりを歩いてみた。浜松町から徒歩5分の「ヴィラ・フォンテーヌ浜松町」には良く泊まっているけど、見慣れているせいか浜松町駅からホテル間を歩くだけで、これまで歩いたことがなかった。たまたま、今年3月にグランドプリンスホテルに行った時に芝公園からホテルに向かったので、機会があればゆっくり歩きたいと思っていて今回実現できた。

日比谷通りに出ると、東京タワーが見えてきた。信号を渡り、芝公園に入ると、地図があった。伊能忠敬の碑や古墳跡があるので訪ねてみた。

芝丸山古墳が芝公園内にうっそうとした公園を歩くと、階段があったので上っていった。 「芝丸山古墳」は全長106m前後、後円部径約64m、前方部前端幅約40m、くびれ部幅約22mほどの都内最大級の規模を持つ前方後円墳である。江戸時代以降かなり原形は損なわれているが、5世紀代の築造で、南武蔵有数の族長の墓だったと考えられる。こんもりとした丘と古墳跡の石碑があるだけだ。


伊能忠敬の測地遺功表の石碑横には伊能忠敬の偉業を称える碑があった。1745年に上総国で生まれた伊能は、地主をしていたが、50歳のときに江戸に出て、天文暦数を学んでいる。1800年に蝦夷地奥羽街道で実測を始め、全国津々浦々まで及び、1818年江戸八丁堀で74歳でなくなるまで測量を続け、日本の全輪郭と骨格が明らかにされた。 東京地学協会がその功績を顕彰して1889年に測地遺功表を建設したが、第2次大戦中に失われ、1965年にこの碑を再建したとあった。


増上寺と東京タワー芝公園から増上寺に抜けようと歩くと、グランドプリンスの敷地に入り、すぐ目の前に東京タワーが見える。こんなにすぐそばに東京タワーが見えるのが不思議。増上寺の境内へ歩いていくと、改修中の建物が見える。




増上寺増上寺は徳川将軍家の菩提寺だというのは知っていた。開山が590年前、家康が江戸入府の際に当時の住職に深く帰依されたのをきっかけに、将軍家の菩提寺として、筆頭学問所、浄土宗行政の中枢機関として地位を保ち、明治政府誕生まで寺領1万石あまり、常に僧侶3千人が修学していた。現在でも浄土宗大本山として東京を代表する格式を保っていいる。

浜松町から芝公園・増上寺まで歩いたが、次回は東京タワーの下まで行って見たい。

東京駅で待ち合わせは「銀の鈴」でこの日は東京駅八重洲地下中央改札口近くの「銀の鈴」で待ち合わせ。第4代目の銀の鈴はガラスの箱に入っているのには驚いたけど、改札内と言うのはJR利用者には便利でこれからも利用しよう。