飫肥は日南海岸から内陸へ7キロ、九州で初めて国の重要伝統的建造物群保存地区に指定され、江戸時代に迷い込んだように武家屋敷の街並みが見られる。飫肥城を中心にした町割りは江戸時代とほとんど変わっていないから、飫肥城址から武家屋敷通りを歩くと、まるでタイムスリップしたかのような印象を感じた。

昼食後、町の象徴である飫肥城址に大手門から入ってみる。

飫肥城址の石段と白壁と飫肥杉が印象的

樹齢100年を越す飫肥杉を使い、江戸時代の櫓門を昭和53年に復元した大手門を抜けると、そそり立つ飫肥杉を背景にして石段と白壁のコントラストが美しく思わず立ち止まって見てしまった。 

飫肥城址 本丸跡の飫肥杉の林旧本丸跡の飫肥杉林はNHK連続テレビ小説「わかば」のヒロインが落ち込んだときに元気を取り戻した場所だそうだが、想像以上に心が洗われるかのようなヒーリング・スポットだった。

城址内にある飫肥城歴史資料館には地元住民から寄贈された甲冑や武具、刀剣、駕籠などが展示されている。飫肥の地は伊東氏と薩摩藩の間で激しい合戦が繰り広げられ、天正15年(1587年)豊臣秀吉の命により、伊東祐兵(すけたけ)が伊東家の居城としてから安泰を迎え、明治4年の廃藩に至るまで伊東家14代城主までがこの地を本拠地とした。

飫肥 武家屋敷通り飫肥の学習所 振徳堂

飫肥城址から武家屋敷通り、旧藩校・振徳堂から旧伊東伝佐衛門家までコンパクトな街並みだが、見ごたえのある地区でした。

飫肥藩の上級家臣 旧伊東伝佐衛門家馬場通りに面した旧伊東伝佐衛門家は上級家臣にふさわしい背の高い石壁と枯山水の庭園を持つ典型的な武家屋敷で敷地も広い。


弥五郎様偶然後ろを振り向くと、大きな人形が見えた。田ノ上八幡神社に立っていた身の丈7mの弥五郎様を片付け始めていたようで見ることができラッキーでした。






最後は、飫肥商家資料館。建物は明治3年(1870年)に建てた木造一部二階建ての白漆喰壁の土蔵造り。

商家資料館樹齢200年以上の飫肥杉を使った立派なもの。飫肥商人の暮らしに触れることが出来るが、いろんな種類のそろばんが揃っていて興味深い。


四半的射場で弓が楽しめる駐車場に戻って、「四半的(しはんまと)」射場に行くと若いカップルがやっていたので、弓を射ることにした。500円で10回射ることが出来る。座って射るが、なかなか的に当たらず、そのうち指がしびれてきた。
飫肥訪問の良い記念になった。

戦国時代の薩摩との戦いでは、農民も竹の半弓を持ち戦いに参加したので、娯楽用として弓矢を持つことをゆるされたのが、四半的の起こり。弓矢とも長さが4尺半、的の大きさ4寸半、的までの距離が4間半と全て、4半であることから、四半的と呼ばれる。

飫肥への滞在時間はわずか3時間だったが、江戸時代そのままの雰囲気と食べ物の数々、そして、なによりも樹齢100年以上の飫肥杉の林が印象的な町だった。