鹿児島の帰り、えびのSAでえびの高原や生駒高原を眺めていたときに、日奈久温泉に寄ってみようと携帯からネットで調べて、日帰り温泉施設で歴史のありそうな「金波楼」を目指すことにした。地図が無いので日奈久の位置がわからいまま、ナビを設定して走った。八代ジャンクションから南九州自動車道に入るべき所を、工事中だったこともあり、八代インターで降りてしまった。八代市内を走り、日奈久まで思ったより時間がかかり、16時半に温泉街にある金波楼に車を止めた。

創業は明治43年、三層建築の立派な建物は見ただけで泊まってみたいと思った。

金波楼 3層の立派な和風建築

金波楼の玄関からの眺め大浴場への廊下も雰囲気がある

金波楼に入って見ると、床がピカピカできしむ音に、歩くだけでも歴史の重みを感じる。フロントで一人500円支払って、2階への階段や廊下の古さを写しながら大浴場に向かう。

金波楼の大浴場温泉は館内とそのまま外に出る露天風呂の2つ楽しめる。露天風呂は庭園の一部にあるため、老朽化した建物や庭園を通る人から垣根越しに覗けるような場所にある。

いずれも新しく出来た浴槽で快適だった。泉質は弱アルカリ性で、金波楼の温泉だけしか入っていないので判断できないが、少しとろっとした温泉だった。

フロントでタウンマップをもらって、温泉街を歩いた。残念ながら、温泉センターは改築中で、平成21年にオープン予定。共同浴場「西湯」を見つける。入りたかったけど、時間が無かったので残念。

西南戦争の石碑があった海岸まで出て歩くと、西南の役の石碑が目に入った。「明治10年西南の役、官軍上陸の地」とある。



明治10年3月西郷隆盛が1万5千人の兵を率いて熊本城に迫った当時、日奈久は糧食基地だった3月19日、官軍数百人が艦砲射撃の援護で上陸したとある。

魚を店先で待つ水鳥水鳥の視線は水産会社に注がれていた

魚をさばいている水産会社の入り口に水鳥がいるのに気づいた。毎日夕方になると不要になった魚をもらっているのか、ウロウロしながら待っている。川側に目をやると無数の水鳥が、じっと魚店を見ている。面白い風景を見ることが出来た。

六郎の石像日奈久の温泉発見の歴史を要約すると、古く延元3年(1338年)の戦いで、傷ついた濱田右近が日奈久の娘と結ばれ、その子供として「六郎佐衛門」が生まれた。

六郎佐衛門は父の傷を治そうと安芸厳島明神に7日間祈願したところ、満願の夜に奇石を見つけるようお告げがあり、その地形をたどって奇石を発見して掘ったところ温泉が湧き出したそうです。時は、応永16年(1409年)、このことから日奈久温泉は「孝感泉」と呼ばれるようになった。

日奈久温泉は熊本県下でも最も古い歴史を持ち、明治以降の水俣の工業発展とともに大いに繁栄し、産業が寂れると共に忘れられた温泉街だと思うが、約2時間のショートステイでリサーチしたので、次回は明治時代の歴史を感じながら、美味しい魚類と温泉を楽しんで見たい。