抜けるような青空のもと、枚方・楠葉台場跡史跡公園を歩いた。

しばらく歩いていなかったら、何やら大きな建物が橋本駅よりに見えている。
噂ではスーパーとか。 周辺にはアパートや分譲住宅が建ち始めている。












振り返ると青空と竹林。












北虎口。












番所と京街道を示す。












京街道を付け替え、台場の中を通るようにし、そのために番所が設けられた。












国が管理し、地面を掘ることも禁止。












京阪電車沿いにまもなく開通する車道。
樟葉駅そばの高層アパートが見える。












北には行基が建立した49院の一つ、
久修園院がある。












往時には七堂伽藍があったとか。












広々とした空間でボール投げやらで家族や子供たちが遊んでいる。京阪電車樟葉駅と橋本駅の間で残されていた農地が一大分譲地として開発されようとしたが、史跡として価値がある公園に生まれ変わったのは嬉しい限りだ。

慶応元(1863)年、京都守護職・松平容保が建白し、勝海舟が奉行となって製造指揮した内陸部唯一の台場。 水堀を備えた西洋式の堡塁式砲台で、火薬庫のほか大砲を3門備えていた。
河岸に造られた台場は非常に珍しく、淀川の楠葉台場と対岸の高浜台場のみだ。