4月16日、世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」構成資産の「田島弥平旧宅」を訪ねた。

利根川のほとりに車を停めたが、ここは埼玉県側にある群馬県の飛び地にある。
しばし土手から雄大な景色を眺めてから案内所をまず訪ねた。
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元小学校にある田島弥平旧宅案内所で10分ほどのビデオを見て、ガイドによる案内を聞いた。

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生まれたての蚕を見ることができた。蚕は勝手に育つことはなく、その一生は人間が育てると初めて知った。
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ビデオでは世界遺産四つの構成資産について説明を聞いたが、これで何となく絹産業の全体像が理解できた。

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案内所から田島弥平旧宅までのんびり歩いた。
特徴的な屋根が見えた。

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旧宅には今も子孫が住み見学は建物の周辺を案内してもらった。


更に、「桑麻館」を紹介してもらった。ここは弥平と共に活躍した田島武兵宅で子孫の方に2階を案内してもらったが、これが実はヒットでした。
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漠然と疑問だった養蚕業が何故ここまで盛んになったのか、お話が聞けて少し分かった。

蚕の育て方を研究し「清涼育」を全国に広め、皇居で行われている養蚕指導に弥平と4人の女性が入ったこと、親戚である渋沢栄一から勧められ「島村勧業会社」を設立。蚕を育て、蚕種(卵のこと)を農家に販売し、欧州の蚕業が微粒子菌で被害を受けたことにより輸出が盛んになったこと。
当時の国の殖産興業の一つが蚕種だったことと、欧州での研究で蚕業が復活するにつれ日本から輸出できなくなったこと。
その後、生糸を輸出するようになった背景がやっと分かった。

今回、富岡製糸場だけ訪ねるつもりだったが、レンタカーを借りて高山社跡、田島弥平旧宅を訪ねた。この世界遺産には四つの構成資産が登録されている。そのうち三つを訪ねる事が出来、何故ここまで盛んになったのか全体像が掴めた。ストーリーをどう見せるか、良い勉強になった。