10月6日、東近江市の五箇荘金堂地区を案内してもらった。
五箇荘には随分前に来たのでどこを見たかも覚えていなかったが、近江商人発祥の地で船板塀と白壁の土蔵、錦鯉の泳ぐ水路の細い道を歩くのは短い時間でも心地よかった。


外村繁邸を見学した。

華美ではないが、贅を尽くした近江商人の商家らしい。

目抜きのたぬきが庭にいるのに気づく。

田の字を描くように畳の部屋が四つあり、冠婚葬祭などにも使えるような建て方に改めて感心する。


NIPPONIAがオープンしていた。

古い街並みが続く。


中江準五郎邸は1905年に発足し朝鮮半島や中国大陸で繁栄した三中井百貨店の展示が紹介されている。国内には同社はネットワークを持たないため第二次対戦後は存続できず、部下をそだてあげていた。

五箇荘は分かるけど、東近江市ってどこと思っていたが、その輪郭が愛東や永源寺、奥永源寺の政所などを訪ねだいぶ分かってきた。新しい地名は町村合併の弊害で、かなりのPRが必要ですね。
五箇荘には随分前に来たのでどこを見たかも覚えていなかったが、近江商人発祥の地で船板塀と白壁の土蔵、錦鯉の泳ぐ水路の細い道を歩くのは短い時間でも心地よかった。


外村繁邸を見学した。

華美ではないが、贅を尽くした近江商人の商家らしい。

目抜きのたぬきが庭にいるのに気づく。

田の字を描くように畳の部屋が四つあり、冠婚葬祭などにも使えるような建て方に改めて感心する。


NIPPONIAがオープンしていた。

古い街並みが続く。


中江準五郎邸は1905年に発足し朝鮮半島や中国大陸で繁栄した三中井百貨店の展示が紹介されている。国内には同社はネットワークを持たないため第二次対戦後は存続できず、部下をそだてあげていた。

五箇荘は分かるけど、東近江市ってどこと思っていたが、その輪郭が愛東や永源寺、奥永源寺の政所などを訪ねだいぶ分かってきた。新しい地名は町村合併の弊害で、かなりのPRが必要ですね。